ダンスが新しい風をおこす!

5月以来、ブログをお休みしてしまいました。たいへん失礼いたしました!
じつは、、、迷っていたんです。連日のようにコロナ禍で亡くなられる方々や職をなくす方々の報道を目にしているうちに、こんな時期にジュエリーやウォッチを紹介する意味って何だろう?との思いが、日を追うごとに強くなりました。いま自分にできることは何もないのかもしれないという無力感におそわれ、そしてついに、ジュエリーの楽しさを知ってもらうきっかけになれば、との気持ちで書いていたブログの題材を見つけることができなくなっていました。何を書いても、誰の心にも届かないように思えて、、、(とはいえ説明もなく休んでしまって、ごめんなさい)

このように私がウロウロしているうちに、ジュエリーとウォッチの世界に新しい風が吹き始めてました。
落ち込んでる場合じゃないと目を覚ましてくれたのは、VCAとダンスのコラボレーションの最新版です。VCAは1940年代から、ダンスする人を題材に、デザインに軽やかな動きの一瞬を表現する試みに挑戦していました。伝統的なデザインを重んじるジュエリー界において、これがどれほど思い切ったチャレンジだったことか。
始まりは‘41年発表の、ルイ・アーペルのアイディアを具現化した、メゾン初のバレリーナ クリップです。それがさらに進化をとげたのは、‘50年代にニューヨークで始まった、クロード・アーペルとジョージ・バランシンの交流から。ふたりに共通する宝石への情熱が、バランシンによるオリジナルバレエ作品「JEWELS」に結実し、1967年にNYで初演されました。この演目は三部作で、それぞれが3つの宝石(エメラルド、ルビー、ダイヤモンド)と、3名の作曲家(ガブリエル・フォーレ、イーゴリ・ストラヴィンスキー、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー)に関連づけられています。


↑©️Van Cleef & Arpels

この歴史的なモチーフを主役に据え、さらに最新の機構を備えた画期的な時計を見るチャンスに恵まれました。その名は「レディ アーペル バレリーヌ ミュージカル ウォッチ」。構想から10年を経て、ようやくこの春「JEWELS」にオマージュを捧げる3本の時計が発表されたのです。舞台に見立てた文字盤上に踊るバレリーナが登場し、その背景に2つの異なる楽器(カリヨンとオルゴール)のメロディが奏でられるという、ジュエリーと時計の最高峰の技術が融合したピースです。
私が出会ったのは、3本のうちの「エメラルド」。特徴的なグリーンの緞帳と、文字盤の上部とベゼルを埋め尽くすようにセッティングされたダイヤモンドが、壮麗な劇場の雰囲気を醸し出しています。当面この時計が再び来日する予定はないそうですので、画像がイマイチではありますが、バレリーナの華麗なダンスをお見せしちゃいましょう。

見どころ満載のこの時計ですが、なかでも重要なのが、極めて高度な技術によるダンスとメロディの連動です。幕が開き、バレリーナが踊りながら一人ずつ登場するのが確認できますが、このバックにはガブリオル・フォーレによる「ベレアスとメリザンド」の旋律が流れています(編曲はパンフルートの名手、ミシェル・ティラボスコによる)。バレリーナの動きとメロディの絶妙なマッチングによって、まるで劇場の客席にいるような気分に!融合するダンスと音楽、さらに時計のレトログラード表示を、オリジナルの手巻きムーブメントで動かしているなんて、信じられないほどです。さらに文字盤とバレリーナは、かつて懐中時計を彩ってきた技法、ミニアチュールペインティング(細密画)で精緻に描かれています。まさに匠の技の結晶!

VCAの作品を見るたびに感じるのですが、このメゾンの創作姿勢は、いつも一貫しています。たとえ人々を驚嘆させるピースであっても、決して「世界初の機構を発明して皆をあっと言わせよう」という目的からスタートしているわけではありません。作品の誕生の背景には必ずストーリーがあり、その世界観を体現するピースが、見る人に幸せな気持ちを運んでくることに気づかされます。「希望に満ちたピースを作る」この目的を実現する過程で、独創的な技術が開発されますーー最初にテクニックありきではなく。私がVCAのクリエイションに惹かれる理由が、ここにあります。

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

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