サラ・ベルナールとアールヌーボーのジュエリー

今年は、19世紀末から20世紀初頭にベル・エポックのパリで活躍した女優、サラ・ベルナールに刺激された年でした。
2月、東京でレコール日本特別講座が開校された時のこと。同時に催されたエキシビション「ある愛好家の目線」に展示されたアールヌーボー作品の中に、女性の肖像画を配した、ビザンチン風の雰囲気のコサージュ・オーナメントがありました。この展覧会のキュレーターを務めたジュエリー史家のヴィヴィアン・ベッカーさんの解説では、この作品は1900年のパリ万博のために特別に創られたもので、装飾芸術家のアルフォンス・ミュシャが宝飾職人のジョルジュ・フーケのためにデザインし、2人のコラボレーションによって誕生したそうです。そして肖像画の女性は、おそらく当時人気絶頂だった女優のサラ・ベルナールをイメージしたと思われ、ミュシャ自身が描いた可能性が大きい、と。これが、私がサラ・ベルナールに興味を持ち始めたきっかけでした。

彼女との2度目の出会いは、映画でした。このブログでも取り上げましたが、9月に見た「ディリリとパリの時間旅行」にサラ・ベルナールが登場していたのです。彼女の館で、ディリリを応援してくれる各界のトップの女性たちが会談するという設定で、その間にディリリは、豹の背中に乗って館の中を探検します。アニメーションでは、ベルエポックを象徴するような装飾品やステンドグラス、南国の植物が茂るインテリアが描かれていました。では、実際はどうだったのでしょう?
下の画像は、自分の部屋でくつろぐサラ・ベルナールの写真です。ここからは、彼女独特の文化を超えたボヘミアンなミックス趣味が伝わってきます。トゥーマッチな室内装飾に、世紀末のデカダンな雰囲気が溢れているように感じます。

3度目の出会いは、松濤美術館で開催中の「サラ・ベルナールの世界展」でした。ここでは、女優としての彼女と、アーティストのパトロンとしての側面を知ることができました。アイキャッチ画像は、無名だったミュシャを一躍有名にしたポスターで、サラ・ベルナールが主役を務めた舞台「ジスモンダ」のために制作されたもの。彼はサラに才能を見出され、専属契約を結んで、彼女の主演舞台をテーマにした傑作を次々に発表していきました。その過程で、サラが身につける小道具のデザインも手がけていたようです。それらが好評だったことから、レコールのエキシビションに展示されていたフーケ制作のジュエリー(パリ万博を記念して特別に豪華なジュエリーを制作するプロジェクト)につながったのではないでしょうか。
展覧会には、ミュシャのデザインに基づいてルネ・ラリックが制作した、舞台用のユリの花の冠が展示されています。ガラス製であろうと思われるパールやカラーストーンをメタルにセットした冠は、たぶんかなり重いはず。その冠を着けて演じたサラの女優魂に感服します。

ラリックもまた、サラが彼のジュエリーを身につけたことで、注目を集めるようになったと言われます。宝飾デザイナーはジュエラー専属が一般的だった時代に、フリーランスとしてデビューしたばかりのラリックにとって、サラのサポートはどんなにか心強かったことでしょう。このようにサラ・ベルナールは、アールヌーボーの旗手といわれるアーティストたちのミューズとして、またパトロンとして物心両面から彼らを支え、その後の活躍のベースを作ったのでした。彼女がアールヌーボーの象徴とされるのにはこんな理由があったことを、展覧会を見て初めて知りました。そして彼女なしには、アールヌーボーのジュエリーは生まれなかったかもしれない、ということも。

それを知ってから、改めてレコールのエキシビションのカタログを見直して、ふと心をよぎった思いがあります。1898〜1900年頃制作とされる、ラリックの名作「シルフィードのバタフライ ブローチ」。身体の半分が女性、半分が蝶という妖精シルフィード(セイレーン)をモチーフにした、翼を持った女性の姿は、もしかするとサラ・ベルナールなのではないかしら。時代が大きく変わろうとする世紀末に、それまでの地上(社会)のしがらみから解き放たれて、大空(新時代)に向かって自分の翼で飛び立とうとする女性。その生命力あふれる存在感は、サラ・ベルナールに代表される、自由を求める女性たちの新しい生き方にインスパイアされたものに違いない、と思います。

余談になりますが、展覧会の最後に興味深い品が展示されています。
それは、サラが自身の手で創った「キメラとしてのサラ・ベルナール」像。さまざまな側面を持っていた彼女は、そのことを自覚して、自身をキメラ(ギリシア神話に登場する、何種類もの動物が合体した怪獣)になぞらえたのでしょうか。キメラと化したサラの背中には、妖精の翼ではなく、コウモリのような羽根がついています。もしかするとそれは、彼女が「飛び立ちたい」という願望を持ち続けていたことの証しなのかもしれません。展覧会に行く機会があったら、お見逃しなく。

⚫️「パリ世紀末 ベル・エポックに咲いた華 サラ・ベルナールの世界展」〜2020年1月31日@渋谷区立松濤美術館

写真:上と下のジュエリー画像は、レコール日本特別講座エキシビション「ある愛好家の目線」会場での展示スナップ
中は「サラ・ベルナールの世界展」会場でのスナップ、アイキャッチ画像は同展パンフレットより(アルフォンス・ミュシャ
《サラ・ベルナール》1896年 リボリアンティークス蔵)

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

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