グレースの仕事には夢が詰まっている

その人を初めて見たのは、かつて青山にあったコルソコム。彼女の本”Grace : 30years of Fashion at Vogue”の発刊記念パーティが開かれた時のことでした。正直なところ、当時も今もアメリカン ヴォーグは広告が多くて、あまり好きではありません。それでもチェックを欠かさないのは、グレースのページが飛び抜けて素敵だからです。あんなページを作るファッションエディターは、いったいどんな人かしら、、、と思いながら出かけたパーティの主役は、赤毛で背が高く、ひときわカッコいい女性。ひと目でファンになった私は、その後も彼女のページのチェックを続けています。

その人=グレース・コディントンの名前が世界的に有名になったのは、映画「ファッションが教えてくれること」によるところが大きいと思います。1969年にイングリッシュヴォーグ主催のモデルコンテストで優勝してプロになり、スウィンギングロンドンの旗手、ヴィダル・サスーンやマリー・クヮントとともに活躍した彼女。プレタポルテ黎明期のパリでも、新しい時代の息吹を感じさせるモデルとして、ファッション誌に新風を吹き込みました。その後「自分に本当に向いていることは何か」と考えた彼女は、イングリッシュ ヴォーグでアシスタントエディターとしてキャリアをスタートしました。そんなヒストリーを、自身のイラストとともにユーモアを交えながら語ってくれるのが、彼女の著書「グレース ファッションが教えてくれたこと」です。彼女の上司であるアナ・ウィ ンターとの友情と葛藤、いちばんの友人だったハーパース・バザー編集長のリズ・ティルベリスを癌で亡くしたこと、トップフォトグラファーたちとの丁々発止の仕事ぶり、、、どれをとっても、グレースでなくては書けないことばかり。常に第一線の現場に立ち続け、一流のスタッフとの親交を保っている彼女だからこそのエピソード、それはファッションの50年を語ることにもなるのです。

グレースの仕事すなわちページ作りには、大きな特徴があります。まず、ただ服を見せるだけではなく、背後に特別なストーリーがあること。次に、たとえマイナーなデザインの服を紹介するときにも、服の持つ個性に引っ張られすぎることなく、読者(と思われる)一般の人たちにも共感できる要素を、必ずどこかに入れること。これがヴォーグのようにコマーシャルな雑誌で、何十年もの間、彼女がトップでい続けられる理由だと思います。この手法は、コム デ ギャルソンのこぶドレスがギンガムチェックでできていたことに通じる、と私はひそかに思っているのですが。

そういえば、グレースはこんなことを語っています。「わたしにとって、ファッションは次の二つのカテゴリのうちどちらかに当てはまるものである。即座に魅力を感じて着たいと思わせるようなものか、着たいとは思わないがファッションに新しい潮流をもたらすものであるか。このような理由から、わたしはコム デ ギャルソンが好きなのだ。デザイナーである川久保玲が考え出すものはどれも魅力的だと思う」「彼女はまた”ブロークン・ブライド”のコレクションのように、どきりとするほど美しいものをつくり出すこともできるのだ。このショーのあとでバックステージを訪れたとき、わたしは泣いていた。体の線を歪める奇妙な詰め物入りの服という実験的な数年間を経たのちに、これほどまでに受け入れやすいロマンティシズムを打ち出してくるなんて」とも言っています。
これらの彼女の言葉を知って、ますます親近感を覚えました。(私はコブドレスもブロークン・ブライドも同様に好きです)

上の写真は、グレースが今年2017年2月号で担当したページです。撮影はピーター・リンドバーグ。ロング&リーンシルエットの服がテーマなのですが、男女の逃避行を思わせるストーリー展開。「俺たちに明日はない」のボニー&クライドを彷彿とさせながらも、それを再現するのではなく、現代に軸足を置いた表現はさすがです。どの時代にあっても、読者に夢を与えてくれるグレースは、永遠の心の師です。

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

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