職人さんの眼

表参道ヒルズのスペース オーで3/19まで公開中の”エルメスの手しごと  アトリエがやってきた”展。エルメスの物創りを支える職人さんたちの仕事ぶりを、会場内に再現されたミニアトリエで見学できるという、今までにない展覧会です。エルメスのルーツとなった馬具に始まり、革製品、手袋、スカーフ、陶磁器など、様々な製品のミニアトリエが並ぶ中、ありました!ジュエリーのコーナーが。


会場の左手の手前、大きな木製の作業台の前で、職人さんがハイジュエリーの石留め作業をしています。その横に、作業中の馬をモチーフにしたブレスレットの完成品が展示され、さらにスコープを覗くと、石留め以前の制作作業のようすが映像で見られます。背後の棚にはハイジュエリーの型や道具が並び、まさにジュエリー制作の舞台裏を見学する気分です。

 


じつは私は、これまでに海外でいくつかのジュエラーのアトリエを取材しています。ミニアトリエとはいえ、このデモンストレーションは、現地取材で見たものと変わりません。ここまで見せてくれるの!と、内心驚きました。さらに作業中の職人さんが、気軽に質問に答えてくれるのにもビックリ。チャンスとばかりに、石留めを見ているうちに湧いてきた疑問をぶつけてみることにしました。
石留め担当の職人さんは、ハイジュエリーの石留めを専門に手がける、ジャンさん。馬の顔に無数に開いた穴に、手際よくダイヤモンドをセッティングしています。拡大鏡を覗きながら、専用の器具を使ってダイヤモンドをピックアップし、様々な大きさの穴を埋めていきます。選ばれるダイヤモンドのサイズがいつもピッタリなのは、長い経験ゆえでしょうか。
彼の手もとをじっと見つめていると、急に「見る?」と言うなり立ち上がって、拡大鏡を覗くようにすすめられました。さっそく確認させてもらうと、そこには一面のダイヤモンド畑(?)が広がっていました。ダイヤモンドどうしがぴったりとくっついて、段差もなく、表面のなめらかさが見てとれます。しかし石留めをしているのに、石と石の間にあるはずの爪が見あたりません。
そこで通訳の方を介して、「爪がないのはなぜ?」と聞いてみました。すると「いや、爪はあるんだよ」とジャンさん。「え、だって見えないでしょ」と私。ジャンさんは、一瞬どう答えるべきか迷ったようでしたが、いきなり紙に図を描き始めました。
その絵は、彼が石留めするラウンドブリリアントカットのダイヤモンドを、上から見た図でした。通常はダイヤモンドの四隅を爪でセットするのですが、今手がけているハイジュエリーは、表面をまるで馬の皮膚のように滑らかに仕上げる必要があるため、爪は極力目立たないようにしたいそうです。「石をセットする金属の穴の中に、4本の爪を削り出し、テーブル上に出ないギリギリのところで石を留める。隣接する石との段差ができないように調整しながら、石の真ん中を押して固定する」というのがジャンさんの説明でした。


実際に制作経験のない私には、そんなことが可能なのかどうか、想像がつきません。ただ、職人さんが毎日真剣に仕事に向き合う中で経験をつむことの重み、そしてそれを生かして不可能と思われることを可能にしていくのだ、ということが理解できました。ジャンさんに描いてもらったダイヤモンドと爪の絵(拡大鏡を覗く彼の目には、こんな風に見えているようです)を見るたび、この貴重な経験を思い出しています。
表参道での「アトリエがやってきた」展は19日で終了しますが、銀座のメゾンエルメス10階での「メゾンへようこそ」展は26日まで開催されています。職人さんの手の技に迫った映画も上映されているそうで(要予約)、まだまだ楽しめそうです。

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

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