ベルエポックのパリへGO

映画「ディリリとパリの時間旅行」を見てから、一ヶ月あまり。ずっとこのアニメーションが気にかかっていたのですが、映画について書くことをためらってました。といいますのは、じつは私は、長沢 節先生が装苑で連載なさっていた「セツ シネマセミナー」の大ファンで、あれくらい個人の趣味に徹しながらも読者を納得させられるような原稿を、いつか書けるようになりたいな〜と思っているからなのです。(自分はとてもあの境地には達していないことも、よくわかっています)
その連載ときたら、シネマセミナーと名乗っているからには映画解説なのかと思いきや、原稿に書かれているのは、「あの俳優のスネがきれいだった」とか「彼にはあのヘアスタイルの方が似合う」などなど、長沢先生趣味の観察眼が炸裂。
そのディテールフェチ(失礼!)ともいうべき細やかな表現を毎月読んでいるうちに、ある時「美はディテールにあり」と気づきました。さらに、映画のテーマを声高に説くのではなく、個人的な感情に託して独自の解釈を語る、というシャレたやり方もあるのだな、と教えられました。

という葛藤をへて、この映画について、私らしくジュエリー目線を交えて書いてみようと思います。
映画の舞台は、ベルエポック時代のパリ。第一次大戦と第二次大戦の間のつかの間、パリは世界で一番輝く街でした。
主人公のディリリは、当時フランスの植民地だったニューカレドニア(現在も海外県)から、もっと広い世界を見たいとパリに密航してきました。彼女はニューカレドニアとフランスのハーフで、フランス流の教育を受けたレディ。伯爵夫人の屋敷に住まわせてもらい、1900年に開催されたパリ万博の展示場のカナック村(原住民を連れてきて、村での暮らしを再現した人間動物園)に、伯爵家の運転手つきの車でアルバイトに通っている、という設定です。

そんな彼女が、パリを知り抜いた配達人ソレルを相棒に、少女誘拐事件の手がかりを求めて、世界中からこの街に集まった才能溢れる人々のもとへ向かいます。例えば画家では、洗濯船に集うピカソやマティス、印象派のモネやルノワール、ムーランルージュでドガに認められて喜ぶロートレック。彫刻家のロダンとカミーユ クローデル。作家のプルーストやアンドレ ジッド、コレット。作曲家のサティ、女優のサラ ベルナール。化学者マリー キュリー、細菌学者パスツールなどなど、チョイ役を含めると、この映画に登場する当時のセレブリティは、ざっと100人を超えるそうです。ディリリは、パリで出会った人ひとりひとりの名前をメモしています。「パリは本当に人が多いから」と。そのメモが、やがて思わぬところで役に立つのですが、、、

映画の中で重要な役割を果たす著名人の代表が、パリでひとりぼっちのディリリの庇護者となるオペラ歌手、エマ カルヴェ。彼女は今でこそ忘れられていますが、ベルエポックのパリでは、サラ ベルナールと並ぶ人気者だったそうです。彼女はポール ポワレのドレスに身を包み、ヴァン クリーフ アンド アーペルのジュエリーをまとっています。とくに地下水路の白鳥のボートでのシーンで着けているエメラルドのネックレスは、もともとはエジプト王女が所有していたもので、現在はメゾンのアーカイブに保存されています。ベルエポックは、現在のパリの基本となっているモードやジュエリーが、大きく発展した時期でもあったんですね。エマ カルヴェのモットーは、「どんな時も美しく」。彼女の意向を受けて、誘拐された少女たちの救出に向かうディリリのためにポワレが制作した服は、ローウエストにリボンを結んだオールインワン。のちに彼がコルセットのないローウエストの服をデザインしたことを思い出し、「なるほど、少女服からの発想だったんですね」とクスッ。
エマ カルヴェのひと声で、ブラジル人飛行家サントス デュモンが、救出のための飛行船を運転します。メインビジュアルの夕暮れのエッフェル塔にかかる光の輪は、ライトアップした飛行船なのです。その船は、救出された少女たちが足で漕ぐパワーを推進力に、エッフェル塔めざして飛んできました。夜へとうつろう空を背景にした夢のような景色に、エマ カルヴェの声を演じたソプラノ歌手、ナタリー デセイの美しい歌声が響きます。

当時のパリの賑わいを再現するかのような、オペラ座や凱旋門、パッサージュ ジュフロワ、モンマルトル、そして夕闇に包まれたヴァンドーム広場ーーこれらの場面が、監督ミッシェル オスロが撮りためた現在のパリの写真をもとに作られているとは、とても信じられません。この映画は、変わらぬパリの美しさを再認識させてくれる映画でもあります。
そして混血であるがゆえに孤独感に悩む主人公の心の揺れ、女性が躍進する原動力となったリーダーたち、パリの自由さに憧れて世界中から集まる才能、、ベルエポックを描きながら、そこには(単なる冒険活劇アニメではなく)現在にも当てはまる普遍性があります。もしひとつ違う点があるとすれば、それは、ベルエポックのパリが多様性を受け入れた懐の深さを、現在のパリが持っているか?という点ではないかと思います。

最後に。私がいちばん心を打たれたシーンは、サラ ベルナールの館で出会った豹とディリリの交流場面です。館の中を豹の背に乗ってめぐるうちに、ふたり(一人と一匹)の気持ちは、いつのまにか故郷のジャングルを歩いていた、、、のではないかと妄想しています。

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

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