「山沢栄子 私の現代」との出会い

2020年あけましておめでとうございます。今年は、新年の始まりにふさわしいパワフルな写真展「山沢栄子 私の現代」@東京都写真美術館の話題から始めたいと思います。
山沢栄子さん(1899〜1995)は、日本の女性写真家の草分けとして、半世紀以上の間第一線で活躍された方です。1920年代に絵画を学ぶため留学したアメリカで、写真技術を習得。‘31年に帰国して大阪で写真スタジオを開設、ポートレート撮影で名をなされました。戦後は広告写真家として活躍の後、抽象写真の制作を始め、1970〜80年代に「私の現代 / What I Am Doing」と題した個展を数多く開催されたそうです。
残念なことに私が山沢さんを知ったのは、1995年に逝去された際の新聞報道でした。その時「こんなに凄い女性写真家の存在を、これまでどうして知らなかったんだろう」と、海外ばかりに目を向けていた自分を恥じたことが忘れられません。

今回の展覧会開催を知ったのも、新聞のアート欄でした。夕刊を開いたとたん、いきなりカナリアイエローのロングドレス?が目に飛び込んできたと思ったら、それは展覧会のメインビジュアル“What I Am Doing No9”の画像でした。山沢栄子さんの名前を確認した瞬間、20年以上前の記憶がよみがえりました。
その作品について紙面には「紙の造形物は、灰皿に押し付けたタバコの吸い殻のようにも、空に向かってそびえるビルのようにも見える」とあったのですが、私にはどちらにも見えませんでした。第一印象は、トレーンをひいたロングドレスの後ろ姿、あるいは抱き合うふたり。え?人によってこんなに見えかたが違うの?と興味をひかれ、記事を読み始めました。
そこで作品の詳細を確認してびっくり!制作年は1980年、プリントは‘86年だったのです。ということは、山沢さんは80歳超え?!クリエイションに年齢は関係ないとはいえ、それにしてもカッコいい!と、“What I Am Doing”シリーズに会いにいくことにしました。

東京都写真美術館3階の会場には、“What I Am Doing”を中心に、その原点となる1960年代の写真集「遠近」、戦前の渡米時に撮影されたモノクロの風景やポートレート、帰国後に日本で撮影された写真の数々が展示されていました。ここでは写真を通して、山沢さんの軌跡をたどることができます。またそれにあわせて、彼女が渡った1920年代以降のアメリカの写真の歩みと、山沢さんへの影響が検証された、興味深い展示もあります。その一角に、アメリカ近代写真の祖と言われるアルフレッド・スティーグリッツやアンセル・アダムスの作品に混じって、Vogue のヒストリーで度々目にする、ジョン・ローリングスのファッション写真がありました。当時のトップモードをまとった女性を撮影したもので、私は彼の写真にモダンな印象を持っていたのですが、不思議なことになんだか時代がかって見えました。このことが、心の隅に引っかかっていたある疑問を思い出させてくれました。

じつはここ数年、「普遍性とはなにか」ということを折にふれて思い出しては、答えを探していました。私が日頃扱っているジュエリーは、ファッションに比べて、流行に左右されることなく長く使うものですから、コンテンポラリーな魅力が大きなポイントになります。またハイジュエリーにおいては、伝統にのっとった特別なテクニックが施されていることが、時を超える普遍性につながるとの見方が一般的です。が私は常々、テクニックはたしかに重要だけれど、それだけではないのでは?と、プラスアルファの要素の存在を感じてきました。
これまで様々なジュエリーを見てきたのですが、見れば見るほど、デザインの重要性を痛感するようになりました。そして自分なりに、古びないデザインとは「本質的であること。そして見る(着ける)人に、作品に対して考えを深める余地を残したもの」ではないかという結論に達しつつあったのです。これはジュエリーにもファッションにも通じること。さらに山沢さんの作品にふれたことで、「アートも同じ」との確信が加わりました。

展覧会の最後に、海外のジャーナリストによる山沢さんへのインタビューを録画したビデオが流れています。その中で、印象に残ったやり取りがありました。“What I Am Doing No85”を、ジャーナリストが「宇宙人みたいで好き」と言ったのを聞いて、山沢さんは一瞬戸惑ったような表情を見せました。さらに「このようなユーモラスな表現についてどう思いますか」と尋ねられ、「これにはいろいろな意味があります。ひと言では言い表せません」と答えました。そして棚にあったコイル状の金属を手にとって、「これを使ったのよ」と種明かしして見せたのです。ここでビデオは唐突に終わります。
インタビューはおそらくE.T.が話題になった頃に行われたのでしょう。しかし山沢さんは、宇宙人を作ろうとしたのでも、ユーモラスな表現を目指したのでもなかったと思います。心のおもむくままに、現在進行形の自分を抽象化した結果、あのかたちが誕生したのではないでしょうか。そこに考えが及ばず、表面的に宇宙人=ユーモラス、とクリエイションを一括りにしようとするジャーナリストに対して、「まだまだですね」とのひとことが聴こえてきそうです。(空耳でしょうか?笑)

山沢さんの作品と生き方は、彼女の言葉を借りると「一生懸命に」、何事にもひたむきに取り組むことの大切さを、時代を超えて示していると思います。そして年齢にも、性別にも、常識にもとらわれず、自由に発想し行動する感性の重要性を。
最晩年にあたる1995年のインタビューで、彼女は語っています。「”Be myself,Always keep myself “、いつでも自分自身をしっかりと持っているってことね」と。これが「私の現代(モダン)」の本質ではないかと思います。そしてそれゆえに、山沢さんの作品は、どの時代にも人の心に響くのではないでしょうか。

● 「山沢栄子 私の現代」〜1/26(日) (1/13以外の毎週月曜休館、1/14は休館)
@東京都写真美術館 3F展示室

※写真はすべて山沢栄子“What I Am Doing”より。大阪中之島美術館蔵

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

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