ショーメ と日本をつなぐ花

東京・丸の内の三菱一号館美術館で開催中の、ショーメ の展覧会。そこで、あまり知られていないけれど、面白い展示物を発見しました。そのジュエリーの背後には、ナポレオン1世の最初の妃で、ショーメの大切な顧客だったジョゼフィーヌと、その娘に関するストーリーがありました。ジョゼフィーヌは当時のファッションリーダーとして知られた女性ですが、意外なことに(⁉︎)植物に造詣が深く、収集家という一面も持っていました。彼女が最初の夫のボアルネ子爵との間にもうけ、のちにナポレオンとの結婚によって彼の義理の娘となったオルタンス ド ボアルネに、花を架け橋とする、日本との不思議な縁があったのです。

この女性がオルタンスです。どこか寂しげな表情に思えるのは、彼女のあまり幸せとは言えない生涯を知っているからでしょうか。彼女は子供のなかったナポレオン1世の後継ぎをもうけるために、彼の弟でのちにオランダ国王となったルイとの結婚を強いられ、夫との不仲に悩んでいたといいます。この夫妻の三男が、ナポレオン1世の失脚後、紆余曲折を経てフランスで第二帝政を興したナポレオン3世です。

ショーメ には、「オルタンシア」というジュエリーコレクションがあります。アイキャッチ画像のピンクをベースにしたブローチはそのひとつで、2015年制作のハイジュエリー「オーブ・ロゼ」。デザインモチーフはアジサイの花で、オパール、サファイア、トルマリンとダイヤモンドで、いくつもの小さな花を表現しています。じつはアジサイの花の原産地は日本。中国を経由して、18世紀に西洋に渡ったと言われています。その際に、今となっては確実な証拠がないのが残念ですが、アジサイを品種改良によってフランスに根づかせたのがジョゼフィーヌ、という説があります。さらにアジサイのフランス名はジョゼフィーヌが名付けたもので、彼女の娘の名前に由来すると。その真偽はともかく、オルタンスはアジサイ(オルタンシア)を、自分のシンボルに定めていたようです。

展覧会の第2章「黎明期のミューズ」の一角に、オルタンスにまつわるアジサイのジュエリーが展示されています。その佇まいは、同じ部屋に飾られているショーメの二大ミューズ、ジョゼフィーヌとマリー=ルイーズのジュエリーにくらべると、ずっと慎ましやかです。が、オルタンスのオーダーで作られたゆかりのジュエリーの前で、私は釘づけになりました。ショーメの創始者ニトが彼女のために制作したアジサイの花束のブローチは、オランダ王妃であったオルタンスが、自身の告白を聞き入れてくれたことへの感謝の想いを込めて、スイスの修道院に贈ったもの。彼女の気持ちが伝わってくるような楚々とした姿が、胸を打ちます。それは、優しく控えめだったと言われる彼女の姿と重なります。とても19世紀初頭に制作されたとは思えないほど繊細なダイヤモンドのセッティングによって、アジサイの花のみずみずしさが表現されていることに驚きました。これが、自然の描写を得意とするショーメの真骨頂なのではないかしら、と思います。

ショーメ がナポレオン1世や皇后ジョゼフィーヌのために制作したジュエリーは、たとえ麦の穂や野ばらのように自然に題材を求めていても、やはり權力を象徴する「宝飾品」。(と捉えるのは、私がへそ曲がりだからでしょうか) これ見よがしな豪奢さに感嘆しつつも、どこか威圧的に感じていました。しかしこのアジサイのブローチに出会ったことで、ショーメとオルタンスの細やかな心が通った美意識にふれることができました。200年以上前のヨーロッパで、はるばる日本から渡っていったアジサイの花を、ひとりの女性が愛して、自身の証に定めていた。それを当代一のテクニックで、生き生きとしたジュエリーに写し取ったジュエラーがいた。この情景を想像するだけで、オルタンスとショーメの時代にタイムスリップしたような気分にひたれました。

「ショーメ 時空を超える宝飾芸術の世界」展@三菱一号官美術館  〜9月17日

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

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