希望の光を運ぶジュエリー

時がたつのは早いもので、新型コロナ禍にみまわれてから半年以上が経過しました。いまだに感染が収まらない中、世界中が不安に揺れています。こんな時にジュエリーどころではないのかしら、と考える一方で、こういう状況だからこそ、ジュエリーにできることがあるのでは、との思いもあり、割り切れないモヤモヤした気分を抱えていました。

ちょうどそんな折、T JAPAN27号(9/28発刊)で、ヴァン クリーフ アンド アーペルのフェアリー クリップについての原稿を依頼されました。ピースの成り立ちについて調べてみたところ、フェアリーをモチーフにした最初のモデルが、1941年に制作されたことがわかったのです。それは第二次世界大戦の最中でした。世の中の暗い雰囲気に灯をともすようにと、希望の光を掲げた妖精が作られたそうです。フェアリーモチーフは知っていたものの、ファーストモデルにそんな物語があったとは!まさに目からウロコ、でした。下の画像は、その「スピリット オブ ビューティ クリップ」。バーバラ・ハットンが所有していたそうです。(当時の日本が、連合国軍と対峙していたドイツ、イタリアと同盟関係にあったことを考えると、ちょっと複雑な気分になりますが、、、)

(C) Van Cleef and Arpels

第二次世界大戦に関して、もうひとつ思い出すジュエリーのエピソードがあります。それはカルティエの「自由の鳥(ワゾ リベレ)」。1944年の戦争終結前に作られたピースで、囚われの鳥がカゴから解放され、大空に向かって飛び立とうとする姿を表現しています。‘40年、パリはナチスドイツによって占領されました。その状況下で、カルティエは本店のウィンドウに、鳥籠にとじこめられた囚われの鳥を題材にしたジュエリーをディスプレイし、抗議の意を表したそうです。これはたいへん勇気ある行動でした。また「自由の鳥」の制作は、危険をおしてひそかに進められていた、という記事を読んだ記憶があります。作品に込められた自由への情熱を思うと、身の引き締まる思いです。

(C) Cartier

じつは私は、第二次世界大戦当時と現在を同一視することに、一概には賛成しません。戦争と感染症、2つの要因によって引き起こされた状況は、混同しない方がいいと思います。しかしながら、個人ではどうにもならない大きな力が働いている点と、出口の見えない閉塞感に包まれている点は、たしかに共通しています。世界中の人々が明日への望みを持てないでいる時期に作られた、2つのピース。そのどちらにも、「暗い世相に灯を」というジュエラーの願いが込められているように感じます。おそらく(想像ですが)、あれらのピースに携わった人々は、「この状況下で、ジュエリーにできることは何か」を考え、自分にできることを精一杯表現しよう、と決心したのではないでしょうか。戦争という非常事態にあっても、ひるむことなくポジティブに、ジュエリーを通して希望の灯を掲げようとした先人たちがいたこと。そして、彼らの力で生まれたジュエリーがあったことを、ひとりでも多くの方に知ってもらえたら嬉しいです。

ひるがえって、今。こんな状況だからこそ、ひとりひとりが、ジュエリーをつけよう、つけたいという、気持ちのゆとりを持つことが大切なのでは?と感じています。世相が暗く厳しいからといって、皆が同じ方向を見る必要はないはず。ジュエリーを作る人もつける人も、それぞれが自分の信じるところを実行することから、新たな希望が生まれてくると思います。毎日を気持ちよく過ごすために、ジュエリーが果たす役割は大きい。そのことを今一度見直してみませんか。

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

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