夢の宝石商人@ヴェネツィア

もし「もう一度行ってみたい宝飾店は?」と聞かれたら、私は迷わず「ヴェネツィアのコドニャート」と答えます。それは、この店が地球上で唯一無二の存在だから。1866年にサンマルコ広場の裏手で創業、現在は4代目のアテイリオ・コドニャートが、同じ場所で伝統のスタイルを守り続けています。彼から聞いたコドニャートの歴史をご紹介しましょう。「今ではビッグメゾンのブティックができているけれど、昔この辺りはヴェネツィアみやげを売る店が軒を連ねていました。初代は金細工の心得があったので、それを生かして宝飾の店を開き、お客さまのオーダーにも応じていました。19世紀末から20世紀初頭のヴェネツィアの人気は現在の比ではなく、ヨーロッパ中の上流階級とアメリカの金持ちが押し寄せる、と言っても過言ではないほどでした。顧客リストには、マドモアゼル シャネルとその仲間たちやヴィスコンティ、ヘミングウェイ、ヘレナ ルビンスタインなどの名がみられます。この店を訪れる顧客はほとんどがハイジュエラーの常連で、眼が肥えた人々でしたので、そのリクエストに応じてジュエリーを製作しているうち、いつのまにかコドニャート独特のスタイルが出来上がっていました」

宝石で彩られたスカルモチーフのジュエリーが、コドニャートのシンボル。伝統の製法を守っているためか、手のひらにのせるとズシリと感じます。しかし着けてみると、フィット感があり、最初の印象ほどは重くありません。何よりも独創的なデザインと希少価値が、1世紀以上前の贅を極めた人々の心を惹きつけたのでしょう。わざわざヴェネツィアのこの店を訪れた人だけが手に入れることのできるジュエリーは、当時はもちろん現代においても稀有な存在です。

すべて手作業で造られるスカルの顔は、ひとつひとつ違います。凛としたもの、ちょっとグロテスクなもの、愛嬌のあるもの、どこか悲しげなもの、、、買い手はそれぞれに自分の心情を重ねるのかもしれません。時を経ても変わらぬ姿を保ち続けるこのモチーフは、かつてのヴェネツィアの栄華の生き証人のようにも感じられます。もしかすると1920年代の終わり、マドモアゼル シャネルがスカルのひとつに、ヴェネツィアで亡くなった友人ディアギレフへの想いをこめたかもしれない、、、海からの風を感じながらサンマルコ広場を歩くと、ドラマティックな空想が限りなく膨らんでいきます。

先日フレンチヴォーグ2017年11月号でコドニャートとアテイリオ氏のアートコレクションを紹介するページを見て、もう一度行きたい、行かねば!という気持ちがこみ上げてきました。じつは10年くらい前に、私もコドニャートを取材しました。その際に、アテイリオ氏のご子息がモダンアートのキュレーターであること、そして自宅のパラッツオにはウォーホルをはじめとするモダンアートとアンティークの貴重なコレクションがあることを知り、「ぜひ今度伺わせてください!」とお願いしていたのでした。、、、が、その後東日本大震災が起こり、マニアックな海外撮影は夢のまた夢になってしまいました。いつかこの夢を叶えられる日が来ますように!

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

BACK