ジョルジュ・ブラックのジュエリー

絵画や彫刻はもっぱら鑑賞専門。とりわけ立体の造形が苦手な私は、自分が平面(二次元)と立体(三次元)の表現の関係性を、うまく把握できていないように感じています。そもそも平面と立体はまったく捉え方が違うはずなのに、どうやって平面の絵から立体を作り出せるの?という疑問を抱えたまま。
この思いは、ジュエリーに関わるようになってから、いっそう強くなりました。ジュエリー制作では下絵を描く人と実際に作業をする人が違うケースが多く、外から見ると、平面を立体に落とし込む過程は、けっこうブラックホール的。だからといってデザイン画をコンピューターで描いて、そのまま制作したものは、たしかに最初の発想通りかもしれませんが、どこか味気ないように感じます。
そんなことをつらつら考えていた矢先、Last Danceの武田さんから「ジュエリーのイメージは平面に描かないで、いきなり立体で作り始めます」と聞いて、それぞれを独立した存在として捉えることもできると気づき、糸口がつかめたように思いました。

さて本題のジョルジュ・ブラックです。ピカソとともにキュビスムの創始者として知られる彼が、晩年に制作したジュエリーが、日本で初めてまとまった形で展示されると聞いて、パナソニック汐留ミュージアムに向かいました。タイトルは「絵画から立体への変容ーーメタモルフォーシス」。ブラックは自身の創作活動の総仕上げとして、キュビスムの手法で描いた作品をオブジェに表現し直し、それまでとは違った方向から空間と立体を追求しました。(ということはここに、二次元と三次元に関するヒントがありそうですね) ジュエリーはその一環として最晩年に作られたもので、1963年にルーヴルの装飾美術館でジュエリーだけの展覧会が開催された直後に、ブラックは亡くなりました。当時のフランスの文化大臣アンドレ・マルローは、ジュエリーを「これはブラックの最高傑作だ」と絶賛し、展覧会開催に尽力したそうです。

ブラックがジュエリーと出会ったのは、自分がつけるリングの制作を、エゲル・ド・ルヴェンフェルドに依頼したことから、と言われています。展覧会場には、ルヴェンフェルドによるリングを着けた、ブラックと夫人の手の写真が飾られていました。(ちなみにルヴェンフェルドの肩書きは公爵。彼が実際に宝飾品を制作したのか、あるいは制作をコーディネートしたのかは不明です)
ともあれリングのできばえに満足したブラックは、自身の作品から100点を選び、「複製を作ることを許可する」との同意書を添えて、ルヴェンフェルドに託しました。こうして誕生したジュエリーの中から、今回は30点が、制作の原点となったブラックの絵とともに展示されています。

上の画像は、展覧会のメインビジュアルにもなっている「トリプトレモス」ブローチですが、下段の絵がルヴェンフェルドの手を経て、上段のジュエリーになりました。ブラックの絵には部分的にテクスチャーが描かれていますが、たとえばゴールドの仕上げのようなディテールに、ルヴェンフェルドのセンスがうかがえます。

会場で流されている「ジョルジュ・ブラック 最後の挑戦」というビデオの中に、ルヴェンフェルドのインタビューがありました。それによるとブラックは、素材について一切リクエストをしなかったそうです。ルヴェンフェルドはブラックが描いたグワッシュから、「彼の意図を汲み取り、ジュエリーに表現した」と語っています。たとえば「アステリア」(下の画像参照)の場合は、「ブラックのグワッシュは一筆で描きあげていたので、ゴールドのバー一本で仕上げました。目のアメシストは、イメージに近づけるため、キメの粗い石を選びました」と。ブラックは「いちばん大切なのは、私の色彩と宝石が刺激し合い、生き生きと存在すること」と話していたそうです。そこからは、クリエイターどうしの信頼関係が読み取れます。自身の健康が思わしくないことを知ったブラックは、この企画に対する自分の決意を示すため、グワッシュ一枚ずつに日付とサインを入れ、複製の同意書を添えて、ルヴェンフェルドに渡しました。
残念なことに今回の展覧会では、「アステリア」はグワッシュのみで、ジュエリーは出展されていませんでした。実物を見たいと思って、「現在はどちらに所蔵されていますか」という質問を受付(主催者あて)に残してきたのですが、まだお返事はありません。

生前ブラックは、「見るだけでなく、さわれる物を作りたい」と語っていたそうです。視覚だけでなく、触覚でも作品を味わってもらいたかったのでしょうか。オブジェもさわれますが、ジュエリーにはかないませんね。さらにジュエリーのサイズ感も、大きなポイントだったように思います。今回の展覧会には、ジュエリーと同様にコラボレーションによって制作された彫刻やステンドグラス、タピスリーなども展示されているのですが、どれもこれも立派で大きいのです。いったい何人が、いつもこれにさわっていることができるでしょうか。しかしジュエリーなら、誰もが日常的に作品にふれて、感じることができます。晩年のブラックは、ルヴェンフェルドから贈られたリングを、肌身離さず愛用していたようです。自身の肌の感触を通して、ジュエリーによって生涯のテーマ「変容」が完結する、との確信を得たのかもしれません。平面から立体への変容ーーその最終形としてジュエリーを選び、人生の最後まで「メタモルフォーシス」を追求したブラック。彼の情熱が、気持ちが通じ合うクリエイターとのコラボレーションを生み、時を超える傑作を残したのだと思います。

「ジョルジュ・ブラック メタモルフォーシス」展は6/24(日)まで、パナソニック汐留ミュージアムにて開催中。

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

BACK