変わるものと変わらないもの

先月末、コム デ ギャルソン ・オム プリュスの2021春夏コレクションが、東京・南青山の本社でショー形式で発表されたとの記事を読みました。オンラインで開催されたパリ・メンズ コレクションには参加せず、独自の発表手段を選ばれたことを知って、「たとえ規模が小さくても、新作をモデルが着て動く姿を見てもらいたい」というメッセージを受け取ったように感じます。どんな状況にあっても、自分の原点に立ち返って、好きな道、信じられる道をゆくーーこの姿勢に学ぶところは大きいと思います。

じつは私が関わっている分野で、置かれた状況は違うものの、コム デ ギャルソンの姿勢に学んでもらいたい!と思う事件が、現在進行形でおきています。それは世界最大の時計見本市、バーゼルフェア(現バーゼルワールド)の存亡に関する問題です。2018年が最後となったスウォッチグループを皮切りに、長年バーゼルで新作を発表してきたブランドが、次々に離脱。この春には、メインブランドのパテック フィリップとロレックス、シャネルなどの5ブランドが新たなグループを結成し、開催時期と場所をジュネーブサロン(現ウォッチズ アンド ワンダーズ ジュネーブ)と歩調を合わせると発表したのです。またブルガリは、8月26日からジュネーブ ウォッチデイズの名の下に、ウエブでの発表会を開催しました。

バーゼルがこのような混乱に陥ったのは、バーゼル準州が主体となった半官半民による運営が硬直化し、時計フェア本来の意義を見失ったことが原因ではないか、と言われています。(本当の理由はもっと複雑なのかもしれませんが。いずれにせよ官の硬直化は、各国共通の問題のようですね) バーゼルフェアという呼び名からも判るように、バーゼルは時計を含む地域特産品の見本市から始まった、一般向けの「市」がベース。料金を払えば、だれでも見られます。古くからライン川を擁する交通の要だったことから、1917年に「スイス産業見本市」の時計部門としてスタートし、‘31年からは「スイス・ウォッチフェア」として、1世紀以上の歴史を積み重ねてきました。一方ジュネーブは、スイス時計発祥の地。時計文化に対する並々ならぬレスペクトを持ち、「時計のプロフェッショナル(バイヤー、顧客、プレス)のためのイベント」を謳っています。(2017年より、最終日のみ事前登録制で一般公開)じつはジュネーブサロンは、1991年にバーゼルフェアと袂をわかっています。カルティエをはじめとするリシュモングループが主体となって、SIHH (Salon International de la haute Horlogerie )が結成され、これが母体となって、今につながっているのです。

↑ 1942年に見本市専用に建設された、バーゼル メッセのホール1。玄関部分は、2013年の大改修まで使われていました

私は2000年〜2012年の間時計取材のためスイスに通っていましたが、2つの新作時計発表会はいずれも一長一短。取材・撮影のしやすさ、時計産業に対する知識を深める点では、ジュネーブに軍配が上がります。が一方で、2000年頃のバーゼルには、昔ながらの「市」らしいのどかな風景がありました。フェア期間中のイースターの頃に、突然初夏のように汗ばむような陽気の日があって、それを待ちかねたように人々が会場のメッセ前に集い、バンド演奏をバックに楽しげに語り合っていた姿が忘れられません。スイスの厳しい冬の間に、時計師が懸命に作った新作をひと目見たいと、各地から集まった人々。見たばかりの時計について熱く語り合い、春の到来を祝いながら、楽しい時間を共有するーー商談を基本にしながらも、そこには人間どうしのふれあいがあったはず。おこがましい言い方かもしれませんが、特に昨今のバーゼルフェアは、あまりにも売り上げの数字のみを追いかけていたのではないでしょうか。今後たとえ主なブランドが抜けて、ローカルな「市」に戻ったとしても、恥じることはないと思います。自分たちの原点、すなわち時を経ても変わらないものは何か。それを突き詰め、自覚することで、ニュースタンダード時代にも対応できる新しい道が開けてくると信じています。
バーゼルの会場は、2013年に地元出身のヘルツォーク アンド ドゥムーロンによる大規模な改築を行いました。残念ながら私は新装なった会場を確認できていませんが、写真から、新世紀に向けて変わろうとするバーゼルの強い意思を感じることができました。時代に合わせてアップデートしていくハード面と、伝統の時計産業に対するレスペクトをベースにしたソフト面。その絶妙なバランスが、これからの時計フェアのあり方に求められていると思います。

写真はBASELWORLD、Watches and Wonders Geneveの公式サイトより

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

BACK