「石」のマイスターが創る“TO LABO“のジュエリー

6月9日まで開催中の”Last Dance”受注発表会で、日本の貴石加工技術の伝統を受け継ぎ、そのエッセンスを現代に表現する、チャーミングなジュエリーに出会えます。それは、出身地の甲府をベースに活躍する大寄智彦さんのブランド、“TO LABO “のジュエリー。まだなじみの薄い名前かもしれませんが、今知っておきたいブランドだと思います。今回の発表会では武田さんの長年の思いーー「自分が見て面白いと感じる、才能ある若手デザイナーのジュエリーを、もっと多くの方に見ていただきたい」ーーを反映して、”Last Dance”の視点で選んだ“TO LABO “の作品が、会場内に展示されています。

大寄さんは、かつて水晶を産出したことから甲府に根づいた貴石彫刻を家業とする「貴石彫刻オオヨリ」の三代目。甲州水晶貴石細工の伝統工芸士の資格を持ち、その技術をジュエリーに活かし始めた最初の工房を主宰なさっています。水晶をはじめとする”Last Dance”の「石」コレクションも、大寄さんの手になるものです。一方で大寄さんは、自身のブランド“TO LABO”を立ち上げ、甲府に工房を併設したショップを開いています。「石」のマイスターと呼ぶにふさわしい高度な技術を持つ彼が、その状況に安住しないで新たな挑戦に取り組むのはなぜ?答は、物づくりにかける強い思いにありました。

まずは、大寄さんのヒストリーをひもといてみましょう。「貴石彫刻オオヨリ」は、甲府の貴石細工の変遷とともに歩んできたそうです。創業者のおじいさまは美術工芸品を専門に制作、そしてお父さまの代にジュエリーに進出。大寄さん自身は、山梨県立宝石美術専門学校を卒業後、家業を継いで、大手メーカーの依頼による宝石の細工を手がけていたそうです。そのかたわら、「もっと面白い表現ができるのではないかと、仕事を終えてから、次々と浮かんでくるアイディアを書きとめていたんです」と語ってくれました。
まもなく、それらを生かせる機会が巡ってきました。2008年に山梨県が深澤直人氏を招いて、デザインプロジェクトを開催。その技術アドバイザーとして参加していた大寄さんでしたが、的を得た発言に注目が集まり、ジュエリーデザイナーの一人として出展することになったのです。それを足がかりに、大寄さんの「それまで誰もやったことのない、そして見たことのないものを創りたい、といつも考えています」という前向きな姿勢が、次のステップ“TO LABO“につながっていきました。(初めて知ったことですが、甲府のジュエリー制作は伝統的に分業で行われてきたため、デザインから制作、販売までトータルで携わる人は、それまでほとんどいなかったそうです)

大寄さんの物づくりは、素材から始まります。「さまざまな石にふれているうちに、インスピレーションが湧いてきます。通常はそれをデッサンに描くのですが、私はアイディアを平面におとすのではなく、発想の源になった石を使って、立体で表現します」と大寄さん。その過程でいつも胸にあるのは、「石の魅力をもっと拡げて、多くの人に美しさを楽しんでもらいたい」との思いです。「そのために、ひとつのジュエリーの中で、できるだけ石の占める分量が大きくなるようにしています」と。また「女性の年齢に関係なく、着けた瞬間に笑顔になれるジュエリーが目標です」と語ります。

今回展示されている作品のいくつかについて、少しだけ大寄さんに解説していただきました。
クリスタルドームのリングは、大寄家に代々伝わる貴石彫刻の技を用いて、大寄さんが制作したマスターピース。クリスタルドームの中にダイヤモンドや石の結晶を閉じ込め、水晶によっていっそう輝きが増幅されている、幻想的なデザインです。また石を閉じ込めるだけでなく、内側に彫刻を施したリングも。そのピースは、ドーム部分を別に作って、台座にあたる部分にぴったりフィットさせたものだそうです(信じられないほど緻密な手作業!)いずれも驚くほど軽く、心地よく着けられます。大寄さんの「ジュエリーは、身につけてこそ最も美しく輝く存在」とのポリシーが貫かれていると感じました。

続いて、色石をスライスしたピアスには、「石」のマイスターならではの眼が活かされています。「原石を光にかざしてみると、いちばん美しい部分が浮かび上がってきます。そこが最も効果的にジュエリーに生きるように、カットに工夫を凝らします」と大寄さん。エッジの仕上げの美しさにも、技術の高さが光っています。

また、ひとつのリングを真ん中で二つに切断したかのような、“セクション”リングは、彼ならではの完璧なカットゆえに実現したものです。さらに「このコレクションのセンターストーンは、単にひとつの石を割ったのではなく、片方ずつ別々に作って、ぴったりと合うように作っています」と、手間を惜しまず丁寧に作られていることがわかります。何よりも、石の断面がこんなに美しいなんて!新たな視界が開けた思いです。

このように“TO LABO”のジュエリーには、ふだん私たちが触れることのない「石」の美しい表情が凝縮されています。同じように「石」を使っていても、ジュエリーを通して女性像が伝わってくるような”Last Dance“とはまた違った、しかし作り手の確かな視点を感じさせるデザインだと思います。ぜひ一度会場に足を運んで、実物を着けてみてください。
大寄さんは、今週末の6月8日(土)、9日(日)の2日間、会場にいらっしゃる予定だそうです。ご本人の説明とともに実物を体験することで、「石」のジュエリーの新しい世界が拡がるはずです。

成瀬浩子

SPECIAL THANKS : Aya Fukushima

WRITER : Hiroko Naruse

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