海を渡った「きもの」に思いをはせて

いきなり私事で恐縮ですが、現在私は横浜に住んでいます。こちらに越してきてから、江戸時代末期の開国後に横浜港からさまざまな日本製品が海外に輸出されたことを、当時の記録や実物を見るという貴重な体験によって、単なる知識を超えて知ることができました。それらの海を渡った日本の特産品によって生まれた、西欧との新しいつながり。この面白さを、深く味わえる本が出ました。
深井晃子さんの新著「きものとジャポニスム」は、日本の特産である着物と西欧の関係について、新たな視点から解き明かした本です。江戸・明治時代に「海外に渡ったきもの」が、現地でどのように受け入れられ、西欧に適応していったかを検証・考察する内容なのですが、それが優れた論文であると同時に、歴史的な背景をふまえた読みものとしても楽しめる点に注目したいと思います。

↑  フェルメール「天文学者」
たとえばフェルメールの絵画「天文学者」「地理学者」に描かれている人物が着ているガウンは、「ヤポンセ・ロッケン」と呼ばれた流行の男性用室内着で、横浜開港のはるか前に、長崎の出島からオランダの東インド会社を通して、鎖国中の日本から運ばれたものだそう。フェルメールの絵にヒントを得た著者は、欧米の美術館に眠っている同様の収蔵品や、当時の貿易の記録を丹念に掘り起こしています。独自の仮説に基づき、それを裏付ける綿密な証拠?集めは、まるで謎解きのようでもあり、きものの背景にある物語に思わず引き込まれてしまいます。
著者の深井晃子さんは、世界におけるモードのジャポニスム研究の第一人者。それまでは東洋趣味としてシノワズリと混同されていた日本趣味を、独立したジャンルとして確立しました。彼女が提唱する「20世紀初頭のパリモードにおける大変革ーー身体のコルセットからの解放には、ジャポニスムが大きく影響していた」との考え方は、現在では世界的なスタンダードとなっています。

↑ ホイッスラー「陶器の国の姫君」

今回の著作は、これまでのジャポニスム研究の集大成ともいうべきものです。その難しいテーマを、初めてジャポニスムに触れる人にもわかりやすく解説できるのは、著者の力量のなせるわざ。「ファッションから名画を読む」などの著書のある方だからこそ、絵画に手がかりを得て、長い間異国で闇に埋もれていたきものに光をあて、捉え直すことができたのでしょう。さらに著者の眼は、現在から未来へと向かっています。「文化の融合とはお互いを尊重し合うこと」という本質的な言葉に、私はこれからのボーダレス時代へのヒントがあるように感じました。この本のカバーには、きものの文様に影響を受けたと思われるテキスタイルの図版が使われています。そこに咲くピンクの昼顔の花と、裏表紙のワインレッドのコンビネーションは、まるで洒脱なきものを見るようです。

「きものとジャポニスムーー西洋の眼が見た日本の美意識」深井晃子著  平凡社刊

成瀬浩子

WRITER : Hiroko Naruse

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