ドイツ人がひた隠しにする(?)知られざるビーチリゾート

「今年の夏はズゥルト島でバカンスなんだ」

こう言っても多くのスイス人は?の顔。同じドイツ語圏で隣国のスイスでさえほとんど知られていないリゾートアイランド、それがズゥルト島(Sylt)なのだが、ドイツでは逆に知らない人はいない。それどころかズゥルトに行くというと、羨望の眼差しさえ受ける。

ズゥルト島はドイツの北西部、デンマークにほど近い北海に浮かぶ細長い島で、南端から北端まで車で走っても40分ほど。北海側は白い砂浜がどこまでも続き、大陸側は波のない干潟になっている。

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人が足を挙げているようなユニークな形のズゥルト島。イラストにあるように島と本土を繋ぐのは鉄道のみ。

そんなに北にあるのにビーチリゾート? と私も最初は思ったが、行ってみると納得する。確かに夏でも気温は20度前後の日が多く暑くはないが、日差しは十分に強い。水温も当然低めだが、ビーチで温まった体を逆にリフレッシュしてくれる。それでいて夕方になれば涼しく、湿度が低いので夏でもカシミアのセーターが心地よいその感じは、今まで経験してきた南の島のビーチリゾートとは違って新鮮だった。特に北海側は常に西からの風が吹いていて、しかもその空気には海を渡ってくる間に海の栄養成分ヨードがたっぷり含まれていて、とても体によいということから、戦前から保養地として栄えて来たという歴史がある。

茅葺き屋根を義務づけられた地区の街並はなんだかおとぎ話の世界。

茅葺き屋根を義務づけられた地区の街並はなんだかおとぎ話の世界。

島伝統の茅葺き屋根を被った可愛らしい貸別荘が島にはたくさん。

島伝統の茅葺き屋根を被った可愛らしい貸別荘が島にはたくさん。

今でも保養を兼ねて訪れる人が多く、基本は最低でも2週間以上の滞在型。最初の一週間は日光浴や島の空気の影響でデトックス効果があると言われ、その後、徐々に英気が養われ、帰る頃には生まれ変わった気分に。まずはビーチで日光浴が基本なので、人々はビーチのそこここに置かれた強い風を避けるための屋根付きのビーチチェアーを借りて日がな一日過ごす。宿泊施設は別荘か、それらの家やアパートを借りる人がほとんど。というのも島は厳しい自然保護がなされており、大型のホテルはほぼないためだ。それどころか新しい建物の建築が禁止されている地区も多く、当然、不動産価格はうなぎ上りで、この島に別荘を持っていること自体がプレステージ。地区によって採用が義務づけられているこの地方の昔ながらの茅葺き屋根の続く景観もまた人気に拍車をかける。その上、この島には本土からの道路はなく、車で来るには列車に車ごと乗り込んで来るか、フェリーしかないという特殊な事情もまた、この島の特別感を高めている。

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屋根付きのビーチチェアー。2段階でリクライニングができて、足置きも引き出せる。一昔前の飛行機のビジネスクラスみたい。

屋根付きのビーチチェアー。2段階でリクライニングができて、足置きも引き出せる。一昔前の飛行機のビジネスクラスみたい。

列車に乗り込んだ車内にとどまったまま海を渡ってズゥルト島へ。心高まる瞬間。

列車に乗り込んだ車内にとどまったまま海を渡ってズゥルト島へ。心高まる瞬間。

毎年この島を訪れる人も少なくなく、自然と島での知り合いが増え、そうした人々の間での社交もさかんだ。こんな小さな島で夏の3ヶ月くらいしかハイシーズンがないのに、ミシュラン2つ星のレストランや夏の間は1日残らず予約で埋まってしまう名物レストランがあるのもそのため。実際そうしたお店に行ってみると昼とはうって変わって、全身ブランドやハイヒールで着飾った人が多いのもこの島ならでは。そんなところから、ズゥルト島はポッシュ(お上品)と思われているふしもあるが、そんなことはない。実際にはリーズナブルな宿泊施設もあるし、海水浴からサイクリング、ハイキングと子供からお年寄りまで楽しめる。さらにはリードなしで犬を自由に放してもOK というビーチが多いので、私のような犬連れには天国だ。

常に予約で一杯のビーチレストラン「Sansibar」。パッと見、豪華に見えないが、ここなくしてズゥルトの社交は語れないセレブ御用達の店だ。

常に予約で一杯のビーチレストラン「Sansibar」。パッと見、豪華に見えないが、ここなくしてズゥルトの社交は語れないセレブ御用達の店だ。

元々は波に寄せられた砂に覆われた土地に植栽した島だけに、植物の保護にも厳しい。植栽を守るためボードが張られた遊歩道。

元々は波に寄せられた砂に覆われた土地に植栽した島だけに、植物の保護にも厳しい。植栽を守るためボードが張られた遊歩道。

島の西端にあるモルスムクリフは人気のハイキングコース。

島の西端にあるモルスムクリフは人気のハイキングコース。

犬連れOKビーチのマーク。

犬連れOKビーチのマーク。

さてこんなに素敵な島なのに、なぜあまり他のヨーロッパの国々には知られていないのか私は訝しむ。なにせ十分過ぎるほどの常連客がついているので、島の観光局が積極的なPR をしていないことは知っているが、実のところ、秘密にしてドイツ人のためだけにとっておきたいのではないかと思うのだが、違うだろうか?

おまけ。島の南にあるホーヌムの港に現れるアザラシのビリー。人々から魚をもらえることに味を占め、ずいぶん前から住み込んでいる。繁殖シーズンの冬には仲間の元に帰るというちゃっかり者。

おまけ。島の南にあるホーヌムの港に現れるアザラシのビリー。人々から魚をもらえることに味を占め、ずいぶん前から住み込んでいる。繁殖シーズンの冬には仲間の元に帰るというちゃっかり者。

 

WRITER : Ayako Kamozawa

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