“ライン川流れ”を知っていますか?

さて問題です。ここはいったいどこのリゾートでしょう。———答えはスイスのバーゼル。バーゼルはリゾートでもなんでもない都市なのだが、夏になると街のほぼ中央を流れるライン川沿いではこのような光景が繰り広げられる。

と言うのもバーゼルではライン川で泳ぐことが大流行。ほんの20年前くらいまではライン川もご多分にもれず汚れていたのが、水質改善に努めた今では、サケが上って来るほどになったという。それに連れ10年ほど前から徐々に人が泳ぎ始め、川泳ぎ用に特別なバッグが開発されてからはどんどんヒートアップしている。

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数年前までオレンジ色一色だったが、今はほかの色や柄入りもある。

これがそのバッグ(通称“フィッシュ・バッグ”)。使い方は簡単だ。水着に着替えた後、洋服や靴、タオルや貴重品を入れ、入り口の部分を6〜7回折りたたんでいき、最後にプラスティックの留め金をパチンと留めるだけ。そうしているうちに自然と中に空気が溜まり水が中に入って来ない。人々はこのバックと共に川を下れば、着替えを取りに上流に戻る必要がない、というワケ。その上、このバッグは浮き輪代わりにもなるのだから、これを画期的と言わずしてなんでしょう。

私がこちらに住み始めた8年前、初めての夏から“ライン川泳ぎ”の噂は耳にしていた。だけど、東京出身の私はプールと海以外で泳いだことがなかった。場所によっては水深10メートル以上あるという川で泳ぐなんてと少し躊躇したのを覚えている。そして2年目の夏、同僚に誘われて初ライン川泳ぎ。もう、その瞬間から虜になった。

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川面の点々がすべてフィッシュ・バッグを持って泳ぐスイマーたち。後ろにはバーゼルの名所、ミュンスターが見える。毎年8月にはライン川泳ぎのイベントが開催され、今年は5000名弱が参加したとか。

爽快感。アルプスからはるばる流れて来る水の清らかさ、足をくすぐる川の流れ。フィッシュ・バッグに上半身を預けて川の流れに身を任せると、ゆっくりと目の前をすぎて行く街の風景はいつもと違って見える。川岸では人々が思い思いに楽しんでいて、ゆったりとした時が流れる。川から上がったら、夏の間だけ川沿いに立ち並ぶ仮設カフェで冷たいビールやワインで乾杯!が、私の夏の定番になったのだ。

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仮設のカフェでくつろぐ人々。こんなカフェが5、6軒夏には出現。

まるで天然の流れるプールのようだから、私はこれを“ライン川流れ”と呼んでいるのだが、天気のよい夏の日には、私だけでなく、ライン川で泳ぎに大勢の人が訪れ、さながらビーチリゾート。どこの都市でこんなに水着の人が街中を闊歩しますか? パリにロンドンと川が流れる都市は少なくないが、泳げてしまうのはここだけ。ライン川添いに都市はたくさんあるが、川幅や流れ、水質の関係で泳げるのはバーゼルだけ。アートや製薬業で知られるバーゼルに、“ライン川流れ”はもうひとつの新たな魅力を付加したのは確かだ。

私が“ライン川流れ”を好きな理由はまだある。ひとつにはまったく商業的ではないこと。かかるお金はフィッシュ・バッグ程度(別にこれもなくてもいい)で、人々は水着を洋服の下に着て来て、川から上がったら、川沿いのそこここに設置された無料の水だけシャワーを浴びて、その辺でタオルでも使って器用に着替えるか、日に当たって水着を乾かしてその上から洋服を着て帰るだけ。老若男女、国籍、貧富を問わず、だから誰でも気軽に楽しめる。

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無料のシャワーが至る所に。

そして規制が緩やかなこと。タンカーなども通る川なので、下流に向かって左に船、右に人間などと決まり事はあるし、水量の多さや水流の早さなどで危険がある日は警報が出されるが、取り締まられはしない。あくまで自己責任で。実は1年に一人くらい事故で亡くなる人もいて、そのため市は一人だけではなく、二人以上連れ立って泳ぐことを推奨しているが、それも推奨のみ。

これが日本だったら、またたく間に商売にされてしまうか、遊泳禁止にされてしまうだろうな。それに比べるとスイスって大人な国だなと、川に流されながら毎年思っている。

季節の間、水温の表示が毎日出される。

季節の間、水温の表示が毎日出される。

川流れしながらのおしゃべり、楽しいです。

川流れしながらのおしゃべり、楽しいです。

 

WRITER : Ayako Kamozawa

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